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初雪 (吹雪型駆逐艦) : ウィキペディア日本語版
初雪 (吹雪型駆逐艦)[はつゆき]


初雪(はつゆき)は大日本帝国海軍駆逐艦#達昭和3年6月pp7-8『達第八十號 驅逐艦及掃海艇中左ノ通改名ス 本達ハ昭和三年八月一日ヨリ之ヲ施行ス|昭和三年六月二十日 海軍大臣 岡田啓介|(略)第三十七號驅逐艦 ヲ 驅逐艦 初雪(ハツユキ)トス』〕。
特型(一等駆逐艦吹雪型)の3番艦〔#艦艇類別等級表(1941年12月31日)p.3『艦艇類別等級表|驅逐艦|一等|吹雪型|吹雪、白雪、初雪、叢雲、東雲、薄雲、白雲、磯波、浦波、綾波、敷波、天霧、狭霧、夕霧、朧、曙、漣、潮、暁、響、雷、電、朝霧』(深雪は除籍済)〕。
雪級の3番艦〔#日本軍艦集2600年版p.44『一等驅逐艦 吹雪(ふぶき) 基準排水量1,700頓、長さ113,2米、幅10,3米、平均吃水2,97米、速力34節、備砲12.7糎砲6門、魚雷発射管9門、起工大正15年6月9日、進水昭和2年11月15日、竣工昭和3年8月10日、建造所舞鶴海軍工廠―特型驅逐艦。雪級には、このほかに白雪、初雪の二隻がある。』〕。
「吹雪、白雪」沈没後は『初雪型駆逐艦』の1番艦(ネームシップ)である〔#内令昭和18年4月(1)p.20『内令第五百六十八號 艦艇類別等級別表中左ノ通改正ス 昭和十八年四月一日 海軍大臣 嶋田繁太郎|驅逐艦、一等ノ部中「白雪型」ヲ「初雪型」ニ改メ同項中「白雪、」ヲ、同白露型ノ項中「、村雨」ヲ削リ同「朝潮型」ヲ「満潮型」ニメ同項中「、朝潮、大潮」「、「荒潮」「、峯雲」ヲ、同陽炎型ノ項中「時津風、」ヲ削ル(以下略)』〕。当初の艦名は、第37号駆逐艦〔。この名を持つ帝国海軍の艦船としては神風型駆逐艦 (初代)「初雪」に続いて2隻目。戦後、はつゆき型護衛艦はつゆき」としてその名は受け継がれた。
== 艦歴 ==
1926年(大正15年)9月29日、「第三十七号駆逐艦」と命名〔#達大正15年9月p.15『達第九十三號 艦艇製造費ヲ以テ大正十五年度ニ於テ建造ニ着手スヘキ一等驅逐艦四隻ニ左ノ通命名ス|大正十五年九月二十九日 海軍大臣 財部彪|舞鶴要港工作部ニ於テ建造 第三十七號驅逐艦|石川島造船所ニ於テ建造 第四十一號驅逐艦|藤永田造船所ニ於テ建造 第四十二驅逐艦|浦賀船渠ニ於テ建造 第四十三號驅逐艦』〕。同日附で一等駆逐艦に類別される〔#達大正15年9月p.16『達第九十四號 艦艇類別等級表中驅逐艦一等ノ項「第三十五號」ノ下ニ「第三十七號」ヲ、「第四十號」ノ下ニ「第四十一號」「第四十二號」「第四十三號」ヲ加フ|大正十五年九月二十九日 海軍大臣財部彪』〕。
「第37号駆逐艦」は1927年(昭和2年)4月12日に舞鶴工作部で起工〔#現在艦船要目公表範囲(1937年12月1日)p.4『初雪|一等驅逐艦|(艦要目略)|舞鶴工作部|昭和2-4-12|3-9-29|4-3-30|(兵装略)』〕。1928年(昭和3年)8月1日附で、「第37号駆逐艦」は「初雪」と改名される〔。同年9月29日に進水、1929年(昭和4年)3月30日に竣工〔。呉鎮守府所属。第二艦隊第二水雷戦隊・第11駆逐隊に編入。吹雪型初期姉妹艦(吹雪白雪、初雪、深雪)と共に第11駆逐隊を編制していた。
1931年(昭和6年)、「吹雪」は第11駆逐隊から除籍され、あらたに「吹雪、東雲磯波」の3隻で第20駆逐隊を編制することになった。さらに「深雪」は昭和9年の事故(駆逐艦と衝突)によって喪失、第11駆逐隊は3隻編制となった〔#ポケット海軍年鑑(1935)p.49『一等驅逐艦"白雪しらゆき" "初雪はつゆき" "吹雪ふぶき"(要目略)驅逐艦と云ふものは同型艦が3隻又は4隻で1個の驅逐隊を編成してゐる。そして艦の艦首附近両側にその驅逐隊の番號を白く現はしてゐる。こゝに竝んだ3隻が各11の數字を入れてゐるのがそれで、即ちこれは第十一驅逐隊に属する諸艦である。この驅逐隊はその中の一艦を司令驅逐艦に定めそれには通例大佐級の人が司令として座乗する。右端初雪の檣頭に翻へってゐるのがその司令驅逐艦たることを示す司令旗である。この3隻は友に1,700頓級の特型驅逐艦で浦波と同一威力を誇る我が海軍の驅逐艦中の新鋭である。この雪級(ユキクラス)でもう1隻"深雪みゆき"があつたが昭和9年艦隊に属して訓練中不慮の災厄により夭折したのは返へす返へすも残念であつた。』〕。
1935年(昭和10年)9月26日、三陸沖で演習中に台風により艦首を切断(第四艦隊事件)。当時、第四水雷戦隊旗艦「那珂」は第11駆逐隊(初雪、白雪)、第12駆逐隊(白雲、薄雲、叢雲)、第7駆逐隊(潮、曙、朧)、第8駆逐隊(天霧、夕霧)を率いて演習をおこなっていた〔#夕霧初雪遭難事件報告(1)p.3『航行隊形』/pp.42-45『別紙第三、主ナル被害損傷調』〕。9月25日、「初雪」で溺者1名が発生、「那珂」は『此ノ際油断大敵ナル事ヲ銘記セヨ』と各艦に注意している〔#初雪遭難詳報(5)p.2『那珂|四水戦|1255|初雪ノ溺者ニ鑑ミ人ヲ落サザル様一層厳重ナル注意ヲナセ此ノ際油断大敵ナル事ヲ銘記セヨ』〕。
9月26日夕刻、荒天により駆逐艦「夕霧」が艦首切断(行方不明27名)、その救援中に「初雪」も艦首切断により行方不明24名を出した。夜が明けたのち「夕霧」は軽巡「大井」に、「初雪」は重巡「羽黒」に曳航され大湊へむかった〔#夕霧初雪遭難事件報告(1)p.5『然ルニ午後5時40分初雪ヨリ「SOS」「初雪艦首切断救助頼ム」ノ電ニ接シ夕霧ノ安全ナルヲ確メタル後初雪捜索ニ向ヒシガ夕霧救助ノ為現地ニ急行中ノ五戦隊近キニ在ルヲ以テ之ニ初雪救助ヲ依頼シ再ビ夕霧ニ近接セシモ当時風浪尚大ニシテ近寄レズ夜ヲ徹シテ之ガ監視警戒ニ任ジタリ。27日風浪稍々静マルヲ待テ初雪ハ薄雲護衛ノ下ニ羽黒ニ曳航セラレ又夕霧ハ天霧護衛ノ下ニ大井ニ曳航セラレ何レモ大湊ニ向ヘリ』〕。
1936年(昭和11年)年末の編制変更により第20駆逐隊は除籍され、「吹雪」は第11駆逐隊、「東雲」は第12駆逐隊、「磯波」は第19駆逐隊にそれぞれ復帰した〔#内令提要編制(1936年12月1日)pp.5-6『驅逐隊編制 昭和十一年十二月一日 内令第四百七十一號』〕。
日中戦争に際しては1937年(昭和12年)以降、上海上陸、杭州湾上陸、北部仏印進駐作戦などに参加した。
1939年(昭和14年)11月、有賀幸作中佐が第11駆逐隊司令に着任。第11駆逐隊は空母2隻(蒼龍飛龍)と共に第二航空戦隊を編制(司令官戸塚道太郎少将)〔#第11駆逐隊支那事変第8回功績p.1『自15.4.29至15.9.15|聯合艦隊第二艦隊第二航空戦隊ニ属シ諸訓練ニ従事スルト共ニ事変内地待機…』〕。1940年(昭和15年)8月下旬以降、「飛龍、初雪、白雪」は北部仏印進駐に投入された〔#S1509対仏印武力行使に関する諸情況(鳥海)p.2『(二)我兵力(友軍ヲ含ム)及友軍ノ状況|(略)|2sf|(司令官)飛龍、11dg(吹雪欠)|fo×9 fb×18 fc×18』〕。その年の異動により第11駆逐隊は第三水雷戦隊に所属することになった。
1941年(昭和16年)9月12日に内示された昭和17年度海軍戦時編制によれば、第11駆逐隊(吹雪、白雪、初雪)は最新鋭の翔鶴型航空母艦翔鶴瑞鶴)と第一航空戦隊を編制予定だった〔#昭和17年度帝国海軍戦時編制・駆逐隊他p.1『呉|第十一驅逐隊|吹雪、白雪、初雪|(戦時編制ニ依ル所属)第一航空戦隊』〕。しかし太平洋戦争の勃発により、「初雪」以下第11駆逐隊が同大戦で空母機動部隊に配属される事はなかった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「初雪 (吹雪型駆逐艦)」の詳細全文を読む



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